2013年11月24日

連呼

最も重要なこと、それはいかに生きるかを考えることとともに、
この世界をどう変えればいいかをほかならぬママたちや子供たちが考え、
そしてそれを具体的に実行しようとすることです。
自然食品を食べていればよい、
自分だけ助かればよいというのは一つの傲慢であり、
仮に自分や家族が助かっても結局地球はボロボロになって滅ぶかもしれません。
それでは当然意味がないはずです。

砂糖や遺伝子組み換え食品やワクチンを打たないようにするということさえ、
地球上のすべての生物や子供たちにとっては対症療法に過ぎないのです。
それを政治レベルでも、地球上のいかなる場所でも存在しないようにすることこそが本質的な治療です。
そしてそれは医者ごときに勤まる仕事ではありません。
子供を産むことができる唯一の存在である母にしかできないことであり、
一切の常識や体裁など存在しない純粋な子供だけに発想することが許されたものです。
あなた方が子供を守りたいと思うのであれば、
今のような状況に甘んじている限りそれを言う資格はありません。
たとえ完遂できなくてもそれを目標とし日々それに時間を費やさないでどうするというのでしょう?
あなた方ママにとって重要なのは、ファッション雑誌やテレビのドラマやブランド品や、
化粧や美容やスタイルに固執していることではありません。
そのようなものはこの世がもっと「生物としてまとも」な世の中になってからやってもらえば結構です。
この言葉を聞いて「耳が痛い」と思っている限り、
あなた方大人がやっていることは間違いでしかないのです。


https://www.facebook.com/satoru.utsumi/posts/536336506450107
より転載
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2013年11月06日

おかあさんのブログ

https://www.facebook.com/satoru.utsumi/posts/536336506450107
より転載


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この世のママたちが考えるべきこと(医者とおかんは社会の毒から抜粋)

これまで様々な社会毒、しかもこの本では非常に身近にある社会毒について指摘してきました。この本を読めばそれらを手にすることに恐怖を抱くとともに、どうすればいいのかと悩むこと必定でしょう。

多くの親たちは何一つこの世の毒については考えていませんが、ちょっと考えられる親は毒を避けようと努力するものの、本質的に何を変えればいいのかということまでは考えません。そもそもこんな毒だらけな世の中にされて、いったい何を食べればいいのか、いったい何を使えばいいのかと考えること自体がナンセンスなことに気付いていません。

このような毒物を扱う時に対立する概念は、「自然に生き、自然に死ぬ」ということだろうと思います。ただ文明が発展した今の時代では、すべてにおいて野生や自然に戻るということは不可能でしょう。それらも含めて我々市民は、いったい何をすべきであるかを考えねばなりません。

最も重要なこと、それはいかに生きるかを考えることとともに、この世界をどう変えればいいかをほかならぬママたちや子供たちが考え、そしてそれを具体的に実行しようとすることです。自然食品を食べていればよい、自分だけ助かればよいというのは一つの傲慢であり、仮に自分や家族が助かっても結局地球はボロボロになって滅ぶかもしれません。それでは当然意味がないはずです。
砂糖や遺伝子組み換え食品やワクチンを打たないようにするということさえ、地球上のすべての生物や子供たちにとっては対症療法に過ぎないのです。それを政治レベルでも、地球上のいかなる場所でも存在しないようにすることこそが本質的な治療です。そしてそれは医者ごときに勤まる仕事ではありません。子供を産むことができる唯一の存在である母にしかできないことであり、一切の常識や体裁など存在しない純粋な子供だけに発想することが許されたものです。あなた方が子供を守りたいと思うのであれば、今のような状況に甘んじている限りそれを言う資格はありません。たとえ完遂できなくてもそれを目標とし日々それに時間を費やさないでどうするというのでしょう?あなた方ママにとって重要なのは、ファッション雑誌やテレビのドラマやブランド品や、化粧や美容やスタイルに固執していることではありません。そのようなものはこの世がもっと「生物としてまとも」な世の中になってからやってもらえば結構です。この言葉を聞いて「耳が痛い」と思っている限り、あなた方大人がやっていることは間違いでしかないのです。

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うちはこうしてます、てのを、よそのブログで見る度

何か違和感というか嫌悪感というか

そういうのがあったのはこういうことか。

ブログで書いてれば、それは皆に教えようとしてる事になるからいいのかね?

本当は、リアルでもっとやらないといけないの。



対処療法だよね本当。

私は自分の家族だけが残っても意味がないって

いるみに気付いた時からずっと思ってたから、

そう思ったからこのブログを残してるし、実際在日?とか海外の人とか

勢いで突っ込んだりもしてみたけれど、なんもならなかった。

まだまだまだ全然足りないんだろう。ネットから抜け出せない限り。


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2013年11月04日

両翼

右翼・左翼
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%B3%E7%BF%BC%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%83%BB%E5%B7%A6%E7%BF%BC%E6%80%9D%E6%83%B3

「左翼 対 右翼」という構図は、範囲が広く、複雑な疑問への説明である。左翼と右翼は、通常は両端の対立勢力である。しかし実際には、個々の個人や政党が1つの事柄を行う立場としても「左」や「右」との用語が使われる。この言葉はフランス革命後の国民議会での座席位置で、革新または急進主義が「左翼」、保守が「右翼」と呼ばれた事が起源である[1]


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政治的スペクトル
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E7%9A%84%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AB

政治的スペクトル(英:Political spectrum)とは、異なった政治的立場の分布をモデル化した方法の1つで、1つまたは複数の幾何学上の座標軸にそれらを配置することによって、個別の政治的な側面を明確にするものである。学者や視点によって多数の軸や分布図が存在する


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鳥の両翼のよう、、

右の翼と左の翼、片方でも失ったらその鳥はどう飛ぶんだろう。

そもそも、飛んで行けるのか。




両翼が健在ならば、進みたい方へ進んで行ける。

一体誰がこれを言いだしたのか。

その言葉が現れるのは、必然だったのか。




△は頂点の部分が切り離され、浮いている。



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